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フジテレビの人気ドラマ「電車男」が、“史上最大の告白!!涙の卒業式”をもって、本日9月22日感動のうちに終わりました。不覚にも落涙を禁じえませんでした。ストーリーは、ブログおたくのラブストーリーで別にどうということではないのでしたが、私にとっては格別の意味がありました。 古くからの友人となんとなく新宿で一杯やったのが6月13日でした。彼は、管制塔の被告を社員に持つ会社社長で、最近の話題として話しました。 「そういえば国から損害賠償の請求が来た」 彼は、軽く話してくれたのでしたから、耳に止める感じで聞きましが、帰宅後すぐさま管制塔被告のリーダーに連絡して会ってもらいました。 「病気だから、柘植には話さないことにしていた。運動はしてもらってもいいが巨額だからあてにすることは出来ない」 との事。インター関係の現役と7月4日に新宿のふれあい横丁で会った際も、 「昔のような組織もないし運動は無理」 完璧にしらけ気味でした。 ■勝手連だ!電車男だ! 「困ったな、組織もないし、軍勢なしでは戦は出来ない」 連帯する会や廃港要求宣言の会の皆さんに声明発表のお願いをしながら鬱々と考えておりました。その時、偶然に見たのがドラマ「電車男」でした。1回目はなんとなく見ておりましたが、2回目を見ている時、日本列島に電波が飛び散る映像がありました。 「これだ!」これでいこう!」 体中に電波が走りました。 「俺達は、勝手に連帯する勝手連。だから中央の指令も待たない。好きに電波を飛ばせば必ず、3.26世代の目に触れるに違いない」 7月19日、まっぺん氏に、以下のようなメールをしました。 「今は、選挙などで時々ある“勝手連”的な、無秩序でそれぞれ自由奔放な動きを始めてしまったほうが良いのかもと思い始めています。すでに、あなたが始めているような感じを大きなうねりにするような方向。大量な基金が振り込まれることを共通目標にして勝手に動く。集まるときは集まるという感じで。昔のように、牽引するイニシアティブとか権威がないのだから」 ■有り難う連帯サイト それ以降、私はまるで電車男になりました。立ち上げていただいた連帯サイトに向けて、与うる限りのメッセージを書き続け、サイトを読んでは元気をもらい、又書きました。 色々なメッセージが飛び込んできました。数多くの再会が始まりました。感動的な書き込みがありました。ドラマでは、10人程の男女に限定されたサイトでしたが、連帯サイトは、リンクが次々と張られ、ネットワークが広がっていきました。9.18集会も企画する際「100人がマックス」とされていたのでしたが、その倍の200人の集会になりました。集会の模様は、即日10以上のサイトに掲載されました。中川さんの話によると、会場で携帯パソコンに同時入力してそのままサイトに掲載している人もいたとか。 ■晴れやかな卒業式に向けて 私達の管制塔被告連帯基金の訴えは、今まさに網の目のネットワークによって「史上最大の告白」となって全国の人々に伝えられています。 私は、まことに情けない空白の25年間を過ごしてきましたが、7月以来の2ヶ月間を通してやっと人生が一つに繋がった様な気がしております。それも、この連帯サイトを中心とする運動のおかげです。有り難う、全国の電車男さんたち。 私達の「涙の卒業式」は、11月です。全国の東北の関西の愛知の東京の頼もしき電車男達!11月には、何かの機会にわが勝手連の、電車男達の卒業式をやりましょう。 晴れやかな卒業式に向けてあと約一ヶ月、特急電車のように走り抜けましょう。 2005年9月22日 |
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