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zoom RSS みんな、共謀共同正犯だった

<<   作成日時 : 2005/08/19 00:28   >>

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共謀共同正犯だった 

我らともに受けてたたん―3信
柘植 洋三
 ■共謀共同正犯
「共同実行の意思の形成過程にのみ参加し、共同実行には参加しなかった者(共謀共同正犯)も「共同した犯罪を実行した」といえるのかについて議論がある。最高裁判所はこれを肯定する。」『ウィキペディア』フリー百科事典、「判例は、実行行為を分担した者(実行共同正犯)だけでなく、共謀しただけで実行行為に荷担しなかった者までも共同正犯としている(共謀共同正犯)が、これには多くの批判もある。」(エンタカルタ百科事典)
 もちろん私たちは、これら判例や最高裁の法解釈に同意しません。
 今、仮に、かかる法解釈を前提とすると、「空港包囲突入占拠」の方針を実現するために、第一公園ではなく菱田小学校の“分裂集会”に敢えて結集した3000以上の人々も、管制塔占拠の「共謀共同正犯」です。第一公園では、空港の心臓部の突入占拠が出来ないとして菱田小に結集したのですから。
 横堀の要塞に立て篭もって、機動隊の主力をひきつけ管制塔占拠の道筋を開けた北原・故石井・故秋葉の反対同盟幹部や40数人の支援の仲間たちも立派な「共謀共同正犯」です。
 空港包囲突入占拠を実現した3・26闘争は、管制塔を占拠した17人のみならず、三里塚闘争に連帯する会や廃港要求宣言の会その他多くの人々が完璧な一体性を持って「共謀共同」したのでした。だから、国が元被告に、1億300万円という途方もない損倍を強制執行している今であればこそ、大きな声で言わねばなりません。
「私たちは、みんな、管制塔占拠の共謀共同正犯である」と。
第三信は、管制塔占拠にいたるこれら数多くの「共謀共同正犯」の皆さんの中から、私が知る代表的なエピソードを紹介します。
 ■「大義を樹てる春が来た」
 8月17日に、廃港要求宣言の会ほか「声明の会」の皆さんの「元管制塔被告への不当な損害賠償請求に抗議し、皆さんへ、大胆率直に、訴える」が発表されました。この声明発表に向けてご尽力されたのは、日本の市民運動をリードされてきた吉川勇一さん白川真澄さんやルポライターとして日本の第一人者の鎌田慧さんなどの皆様でした。
その中の鎌田さんは、廃港要求宣言の会の事務局長として、管制塔占拠を前後する約二年間、ご自分の創作活動を完全に中断して三里塚に専念されました。要塞の戦いや管制塔占拠等を報じた合計百数十万枚のチラシは、鎌田さんの一方ならない熱意で編集され、全国に送られました。
 3・26の時、横堀要塞に大きく掲げられた「いまぞ起て減反に苦しむ百姓も、大義を樹てる春がきた」という横断幕も、鎌田さんと当時の青年行動隊の石井新二さんと柘植の合作でした。
「大義を樹てる春がきた」というコピーに“とき”というルビを振るのに鎌田さんが、「秋にときとルビを振るのは正しいが春に振るのは間違いだ」と言って、強烈に反対されました。文字を扱う者として許容出来ないというわけです。新二さんと私は、「今は3月だから秋と言う訳にいかない」と言って強引に押し切ってしまったのでした。この間違った用語法が後に関西連帯する会が制作された映画「大義の春」の表題にもルビとして使われて定着することになりました。
「空港包囲突入占拠」に向けて、全国のエネルギーを現地に動員する反対同盟の情宣活動において、鎌田さんの果たされた役割は、強烈なものでした。
■ 地下水道が書いてあった地図
 3.26闘争の約一年前、青木さんという航空宇宙研究者が、成田空港の建設計画の地図を持ってきて下さいました。模造紙大のものでしたが、建設途上の図面でしたから、地下水道の構造が詳しく書かれていました。トラックが走れるほどの本管から細い枝管まで詳細に図示されていました。インター現闘団の特別チームでそれを検証し、反対同盟の熱田家近くのフェンスの外の枝管から入って、管制塔の真下まで通じるルートを発見しました。それから、特別チームは、何回もそのルートに入って管制塔の下の蓋を押し上げて距離を測ったり、あらゆる準備をしたのでした。ですから、あの地図がなければ管制塔の占拠はありませんでした。青木さんは、管制塔占拠の報道で地下水道が決定的な役割を果たしたことを知ってさぞビックリされ、快哉を叫ばれたたことと思います。
 しかし、27年間、そのことに触れることは互いにありませんでした。
 今春、別件でお会いした際、
「あの地図は青木さんから頂いたものでしたね」
「そうだよ。地下水道が書いてあった」
「そのこと公表しても差し支えありませんか」
「もういいでしょう。時効だし、かまいませんよ」
というわけでした。
 ところで、当時の新聞報道によると、14000人の機動隊を指揮するために管理棟内に設置された指揮所の地図には、地上の地形と建造物しか書かれていませんでした。ですから9ゲートのトラック部隊の突入直後に管制塔突入部隊がどんなルートで現れたか、しばらくの間分からないという始末でした。翌3月27日の朝日新聞夕刊に、「下水道内に“突撃基地”」というトップ見出しが躍っていることでも衝撃の大きさが分かります。
■私達は、管制塔占拠の“共謀共同正犯”だった
 上記エピソードの紹介をしたのは、管制塔の占拠は、青木さんの地図があったから可能だったし、かように多くの人々の多様なかかわりの上に実現されたからこそ大きな意義を持っている、この事を言いたい為です。鎌田さんの情宣活動やこの地図のように直接的ではないにしろ、私達全員の中に「空港包囲突入占拠」に向けて沢山の「青木さんの地図」があり、そういう無数の「地図」に案内されて管制塔は占拠されました。それは、mappenさんのブログに投稿されている菊さん、鍋山さんのエピソードの紹介にもリアルに表現されています。
 映画「大義の春」の最後のシーンで「人民の旗管制塔に翻り」と歌っておられるのは、作家の中山千夏さんです。
“人民の旗管制塔に翻り 銃声が燃え盛る野火を貫く 人民の大義は必ず勝利する 
 穴を掘り鉄塔を建て 戦いに備えよう 団結し明日の 歴史を作ろう”
 作詞作曲は、作曲家でピアニストの高橋悠二さんです。
 実際に管制塔に翻ったのは、プロ青と戦旗の旗でした。けれど、誰もそれを党派の旗とは思わず、人民の旗が翻っているとして歓声を上げたのでした。
 これらの方々を含め、大勢の方々が管制塔占拠を実現する上で、欠かすことの出来ない役割を果たしたのでした。その意味で、私たちはみんな管制塔占拠の誇るべき共謀共同正犯です。
■ 「声明」に数多くの賛同人を!
 管制塔占拠を頂点とする3.26闘争は、そこに至る一連の過程を含めて、私達の青春を賭けての戦いでした。管制塔の戦士を見殺しにすることは、自分を見殺しにすることであり、自分達の輝かしい青春への背信です。
 損賠強制執行が狙っているのは、私達の人生の大切な宝を強制収用し破壊しようとする攻撃です。国家という強権に物言わせて人々を屈従させようとする攻撃であり、これからも屈従を拒否する全国の人々に対する見せしめでもあります。
 時効直前に強制執行を通告するという法務官僚の悪辣極まるやり口を、1億倍の熱情で打ち返し、屈従しない意志を示さねばなりません。それは、今なお三里塚で続いている理不尽を許さない強大な石垣ともなりましょう。
 発表された「皆さんへ、大胆率直に、訴えます」と題する50数名の呼びかけ人による声明を、あらゆるサイトに載せてください。賛同人を募って、サイトなり色々な方法でご連絡ください。賛同人をどんどん増やしていきましょう。
 そうして、管制塔元被告団・弁護団・反対同盟・関係党派が決定した1億円の基金を、熱い心の和をネットワークにして、10月末までの3ヶ月間に実現しましょう。
管制塔占拠に際しては、「共謀共同正犯」でしかなかった大勢の私達は、この損倍攻撃に対して1億発の火炎弾を投げつけて撃滅する壮大な戦いにおいては、誉れ高き「実行共同正犯」となりましょう。 

2005年8月18日

注)青木さん(仮名)は、皆さんよくご存知の著名な方です。本文中の会話があって、ご本人からは公開の了解を頂いていたのですが、あまりに公的な仕事をなさっていますので、公安などによる嫌がらせがあってはいけないと、柘植の判断にて仮名とさせて頂いたものです。



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内 容 ニックネーム/日時
柘植さん、ブログ開設ごくろうさまです。今回の損賠攻撃それ自体はゆるすことのできない悪辣非道な攻撃で、それへの怒りや、管制塔被告の皆さんへの連帯意識がいろんなかたちで「カンパ」運動にあらわれています。そして同時にこの支援カンパにかかわるなかで新しい「出会い」「感動」「感謝」
がたくさん生まれているはずです。私自身は80年には現地をはなれ、組織も離脱しましたのでその後の反対同盟の分裂や、第四インタの解体的分裂の過程での苦闘を体験していません。そういった「軽い」自分は今回柘植さんや和多田さんをはじめ、かつての仲間をおもいださせてくれた、当時の三里塚を思い出させてくれたこの「支援カンパ」運動に感謝です。その意味からも1億円突破までなにがなんでもやりぬく熱い想いでがんばろうとおもいます。
柘植さんの体調、本当に心配です。オーバーワークにならぬよう気をつけてください。
千葉/MS
2005/08/23 18:57

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