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岩沢のじいさんへ 柘植洋三 おれ柘植だよ、じいさん。インターの責任者ということで散々お世話になった柘植だよ。 憶えていてくれるよね。 俺はね、今年の十二月で六十になる。ちょうど十年勤めた会社を定年ということで卒業することになってる。 じいさんは九十二歳だったそうだから、三十二年前にじいさんは俺の年だったということになる。 今から三十二年前といえば、一九七〇年だから、三里塚闘争が始まって間もない時だ。第一次強制収用と第二次強制収用に対して戦ったのはその一年後だった。俺はね、六十になって定年後何しようかと思って、自分の力を発揮するいいことが見つからず今困ってる。それと比べりゃ、今の俺から今のじいさんまで、三十二年もの間じいさんは幸せだったと思う。 自分の力を十分に発揮し、充実した毎日を送れたもの。うらやましい。 そう思って、「じいさんとばあさんだけでもここに残ってもらえないだろうか」という俺達の頼みを聞いて残ってもらったことや、俺が病気になってしまって、残ってもらったじいさんたちのお世話をできなかったことを、「それでも、じいさんは張り切って生きてくれたんだ」と思って慰めている。 でもほんとうにそうだよ。いまどき、あんなに元気よくバイクで走り回って活躍している六十過ぎの人はいないもの。 その意味で、俺達がじいさんに感謝していると同じくらい、じいさんも俺達に感謝してほしい。そうして、その何倍もの感謝を、おばあさんや、息子さんご家族にしてほしい。 俺はねじいさん。ほんとのところあまり長生きしたくないんだ。どうみても、人間ほど残酷な生き物はいないし、まじめに付き合ってられない感じなんだ。だからそんなに遠くない時に、三途の川を渡ってじいさんのいる黄泉の国に行くよ。そうしたら、三里塚で黄泉の国に行っている三の宮やよねばあさんや東山や新山たちと一緒に、三里塚闘争のことを話そう。 まことに見事な人生に乾杯! それと支え、許してくれた御家族の皆さんに乾杯! 二〇〇二年五月三日 |
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